現代資本主義
わたしたちはつぎのように問うことさえできます。
すでに具体的な将来において国家間の紛争の調停様式としての戦争が完全に消滅し、貨幣がしだいに共通のものとなり・・・
さらに新しい言語「だれもがしゃべるカタコトの英語」のようなものがすべての部族の第二の必修言語として認められるとしたら・・・
国民国家には一体いかなる正当な権力が残るのであろうか、と。
社会的所得移転という仕事がたしかに残されているでしょう。
それは崇高ではありますが厳しい任務であり、そこには罠が仕かけられています。
かつて資本主義が戦争を雷雲のように生み出した時代があったように思われます。
それは国家の時代でした。
この時代はマルクスが考えたよりも長く続くことになりました。
マルクスの致命的な誤りは、プロレタリアートが中産階級の大波にのみこまれるよりも前に自己の権力を行使する時代がやってくると信じこんだことにあります。
現代資本主義は、国家の伝統的な政治的権力をそれに匹敵する力でもって失墜させ、解体することによって、政治的権力を本来の管轄区域において経理係の役割に還元しました。
そして、みずからは経理係とは別の役割を好むようになっています。
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