現代資本主義 2
政治家は、人の導き手というかれの伝統的な機能を引き下げるこのような進展にどうして無関心でいられるのでしょうか。
その結果、政治家には、「意思決定者」というよりもむしろ、自立性を大幅に失い、県市長村民によって選出されることを余儀なくされた管理者という役割が、つまり共同管理者の役割が差し出されるのです。
そしてこの新しい経理係の何人かがかれらの任務にしだいになじんでいくことによって、政治以外の職業団体の場合と同様に、イデオロギー性のより少ない・・・
しかしより打算的で、より商品経済的な態度がとり入れられるようになる、ということにどうして驚くことができるでしょうか。
古い代議制民主主義それ自身が新しい道をたどらなければならないということを、どうして期待せずにいらますか。
《政治》が《経済》のうちにゆるやかに溶解していくことは、つねに技術が優位を占めていることを物語っています。
この溶解は、なによりもまず蓄積のテンポにおいて見られます。
蓄積のテンポは、みずからが事実上所属する政治的共同体に対する旧「市民」の心理的な態度を根本からくつがえしました。
ついで、この溶解はとりわけ世界的となった発展の様態において見られます。
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